花伝書

〜秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず〜 意外性もあり、感動もありというような情報を発信したいブログです。

今までもらって嬉しかったギフト

2007-12-19 Wed 14:22:40

 僕が今までもらってうれしかったギフトは、高校2年生のときに親戚のおばさんからのプレゼントだ。
 僕が高校のとき、姉の大学へ納める入学金や学費で、家にお金が全くない時期があった。家の農業のほうも、それまでは稲作と野菜ばかり作っていたが、どうにも儲からず、転作してお金の入りの良い農作物を作ったほうがいいということで、ビニルハウスでいちごを作り、ぶどうも新しく生産しようということになった。そのための資金の投入で家計が大変苦しかったのだ。
 おまけにビニルハウスでのいちご栽培は勝手がわからず1年目は見事に失敗してしまい、どうしようもなかった。
 それで中学から高校にかけて背が急激に伸びた僕は、着る服もなくなり、つんつるになって丈も短くなった中学時代のジャージを家でずっと着ていた。
 そんな高校2年生の12月のある日、親戚のおばさんが僕の家に遊びに来て、僕に紙袋を渡した。おばさんは「クリスマスプレゼントだよ、家にあったものだけど」と言いながらニコニコ笑った。
 紙袋をあけるとジーンズと革のジャンパーが入っていた。僕が驚いているとおばさんは「いつもジャージじゃ、どこにも遊びにいけないからね」と言った。
僕は嬉しくなり、部屋に戻って着替えてみた。ジーンズのほうは従兄弟が履いていたものだろう、従兄弟は体が大きいのでサイズは少しゆるかったが、きついジャージを履いていた僕にはその緩さが心地よかった。ベルトを通すと、なかなかかっこよく履きこなすことができた。革のジャンパーはダークブラウンでこちらは新品だった。ジャージの上に羽織ってファスナーをしめると、ジーンズに似合ってかっこよかった。僕はそれらを着たままさっそくおばさんの前に戻ってお礼を言った。
おばさんは「ジーンズが大きすぎたら買ってあげようかと思ったけど、なんとかはけそう?」と聞いた。僕はうなずき、ゆったりしているぐらいだから履き心地がいい」と言った。おばさんは「それはよかった。革のジャンパーは合成革で高くないんだけど、お洒落なデザインだからいいかなと思って」と言った。
 僕はほんとうに嬉しくて、おばさんにコーヒーを進んでいれた。そううこうしているうち、父と母が畑から戻ってきた。僕が父と母におばさんに洋服を貰ったことを話すと、父と母は心から礼を言い、父はその革ジャンパーは共同で着ようなどと虫のいい提案をして皆を笑わせたりした。
 高校2年、3年の2冬はその革ジャンパーとジーンズを大切に着た。大学生になってアルバイトをするようになり、自分で服を買うようになってからは着なくなったが今でも、防虫剤を入れたタンスに大切に保管している。
 贈って喜ばれるギフトを探している人は、「wishlist」のwebサイトをチェックするといいと思う。

 ギフト

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この記事はブログルポのギフト特集の依頼により執筆しました。



クリスマスの思い出

2007-12-14 Fri 22:18:58

僕が生まれて初めてクリスマスというものを知ったのは、4歳のときだ。僕は自分の身の回りのものへの関心が薄い子供だったらしい。確かに、幼少の頃の僕は他の人と話をしたりするより、空の雲の形の変化や川の水面のきらめきや風に吹かれる野原の草草をいつまでも眺めているのが好きだった。
僕が12月のある日、いつものように保育園にいくと、講堂の片隅に大人の人が真っ赤な服、真っ赤な帽子を身につけているのを見つけた。顔いっぱいに白いひげを生やしていたが、その人が延長先生だということはすぐにわかった。お相撲さんのようにどでっと太っていてその上背も高い人はそうそういない。
僕は園長先生が赤い服を着ているのが不思議でならなかった。それで園長先生にどうして赤い服を着ているのか尋ねた。すると園長先生は変な声でわしは園長ではなくサンタじゃよと言った。回りの園児たちがサンタさんだと言って喜んでいる。
サンタってなんだろう?僕はいろいろ考えてみたがさっぱり分からない。でも回りの子達は皆大喜びで園長先生をぺたぺた叩いている。どうも僕だけがサンタを知らないみたいで僕は大いにあせった。それで担任の若い女の先生にサンタは何なのか尋ねた。
女の先生は、12月24日のクリスマスイブの夜に、世界中の子供たちにプレゼントを配るおじいさんというようなことを教えてくれた。僕はクリスマスイブというものも知らなかったのでとても驚いた。
僕の知らないところで世界は時々動く。困ったものだ。そう思った。
ところでプレゼントをくれるというのはどういうことなのだろう、それについても悩んだ。プレゼントという言葉も知らなかった。要するにクリスマスのイベントに関する概念がすっぽり落ちていたのだ。
それからしばらくして僕の悩みは見事に氷解した。
園長先生が大きな白い袋を持って、僕達の教室にやってきて不二家のぺこちゃんの書かれた赤い長靴を1人ずつに配ったのだ。長靴の中には不二家のミルキーやらお菓子やらが入っている。
クリスマスはぺこちゃんなのか!僕は深く納得した。どうしたって事実ではないのだが、4歳の僕にはぺこちゃん=クリスマスという思考が鮮やかに直結してしまった。
それから30年近くたち、件の事件でぺこちゃんが消え去っていってしまいそうになった。ぺこちゃんが消えれば、僕のクリスマスの最初の思い出もなんだか味気ないものになってしまう。僕は不二家に怒りを覚えつつ、同時に不二家、頑張れと応援もしていた。今年もクリスマスがくる。あの時みたいに不二家の長靴を買ってみようかな。 




今までもらった中で一番嬉しかったお祝い

2007-11-01 Thu 20:29:03

 僕が今までもらったお祝いで一番嬉しかったのは、親戚のおじさんから貰った腕時計だ。
 僕は高校入試のとき、父親から腕時計を借りて出かけた。僕が県立高校受験のとき、必要品として、受験票、筆記用具、定規、コンパス、下敷き、スリッパなどの上履きの他に腕時計があった。高校によっては壁掛け時計のない教室もあるとの理由だった。
 中学生でもあったし、家は裕福でもなかったので僕は腕時計は持っていなかった。それで父親の腕時計を借りて出かけた。試験は2日間あり、1日目は何のアクシデントもなかったが、1日目の夜、腕時計が壊れて動かないことに気づいた。それで2日目は腕時計をせずに出かけたが、いつもテストでは時間を余らせていたのでさしたる不便もなかった。
 その県立高校に無事合格したとき、親戚のおじさんが、僕に入学のお祝いをもてきてくれた。
 それは腕時計だった。おじさんは、僕の両親から僕に腕時計がなく、父の時計は壊れてしまって時計なしで受験したことなどを話していたそうだ。
 時計はかなり高級でサファイヤガラスという硬質のガラスを使っていて傷もつかないらしい。5万円を軽く超える時計でとても高価なものだった。僕は学校に持っていって体育のとき着替えて失くしたり、万が一盗まれたら大変だということでその時計は机の引き出しの奥にしまい、家にいるときにだけ時々つけるだけだった。結局3年間、僕はその時計を一度も高校につけて行かなかった。そしてその時計は20年近く経った今も、僕の部屋にあり、新品のように煌いて時を刻んでくれている。

 お祝い

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この記事はブログルポのお祝い特集の依頼により執筆しました。



友達との感動エピソード

2007-10-25 Thu 22:43:42

 僕の父親も僕も巨人ファンで、僕は何度も東京ドームに試合を観戦に出かけたことがあるが、父親は一度もなかった。僕が友達と試合観戦に東京にいくときなどは、父は羨ましそうに巨人が勝つといいなと言って見送ってくれていた。あるとき、父が野球を見たがっているんだというと、友達は「そういうことならチケットをとってあげるよ」と言ってくれた。長嶋さんが監督をやっていた頃で選手には松井、清原、仁志、二岡、斎藤などそうそうたるメンバーがいたから今よりも巨人戦のチケットは購入しづらく、プレミア的な価値がついていた。
 友達は数ヵ月後にチケットが取れたよと電話をかけてきた。聞けば4時間ほど並んで一塁側の内野A席がなんとか取れたらしい。対戦カードは、巨人対中日とのことだった。郵送するからお父さんと2人で行ってきなよと言ってくれた。計画では友達と僕と僕の父親と3人で行くことになっていたので、一緒に行かないのとたずねると、チケットの購入に制限がついて1人あたり2枚までしか買えなくなったとのことだった。友達は僕らのために無償で4時間もじっと並んでくれたのかと思うと、申し訳なくそしてとてもありがたくなった。
 試合観戦の日は父親と朝から東京に出かけ、午前中かららぶらと東京見学をした。父は1970年代は東京に何度も遊びにきたことがあるらしく懐かしがっていた。父の希望で銀座から日本橋にかけて散歩した後、浅草の甘味処で甘い和菓子とお茶を楽しみ、午後3時に東京ドームに向かった。夕方4時にドーム球場が開門になり、僕と父親は自分たちの席に着くと、さっそく生ビールを飲みかわした。父は上機嫌で長嶋監督の入団の話、西鉄ライオンズの強さ、茨城県出身の西鉄の豊田の話、王監督の現役時代、V9の巨人の強さなどいろいろ離してくれた。
 試合は迫力ある打撃戦で、巨人が見事打ち勝った。松井のホームランも飛び出して、見ていてとても楽しめた。チケットをとってくれた友達の優しさと友情、父との親子の情を確認しあえた楽しいひと時だった。
 「象の背中」という物語がある。余命半年と宣告された一家の半年間の軌跡をつづった物語だ。大切な人を残して旅立つ、そんな切なくも深く考えさせられる物語だ。
 その象の背中にアニメ版がある。心温まるタッチで象の家族のキャラクターが描かれている。こちらもお勧めだ。興味のある人はアニメ版 象の背中をチェックしてみよう。

アニメ版 象の背中
アニメ「象の背中」主題歌「旅立つ日〜完全版」

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この記事はブログルポの感動エピソード特集の依頼により執筆しました。



メール配信 〜メルマガを発行していた思い出

2007-10-12 Fri 21:21:14

 2004年頃から個人のブログやmixiなどのSNSが流行し、インターネットのコミュニケーションや情報発信の主要な方法になった。
 その前は、個人が趣味で、情報発信を行う方法で人気があったのはメールマガジンだ。
 僕もメルマガに興味を持ち、メルマガの発行やメール配信を行っていたことがある。僕がやっていたのは懸賞情報の配信。yahoo!や楽天に寄せられるような懸賞情報をメルマガに載せて週に2回発行していた。
 懸賞系だからそれなりに読者数も多く、やりがいがあった。懸賞情報だけではなんなので、自分がふと感じたこと、思ったことを編集後記と称して書き綴ったりもしていた。
 perl言語で作った無料のスクリプトを利用し、自分で送信したりしたが、時々サーバーや回線が不安定になって、メール配信でエラーが起きたりもした。
 僕は無料で趣味でやっていたから気にしなかったが、通販サイトが業務でメール配信を行い、エラーが起きたりしたら大変だと思う。
 じゃの道は蛇。やはり、本格的なメール配信をするなら、しっかりしたメールサーバーを利用すべきだと思う。

メール配信
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この記事はブログルポのメール配信特集Part2の依頼により執筆しました。



今年の夏は伊豆に海釣りに出かけた

2007-08-25 Sat 03:44:31

 今年の夏は、いつもの年と同じく神奈川の友達らと3人で伊豆に海釣りに出かけた。日にちは8月にはいってすぐ。友達の運転する車で南伊豆の下田方面に行った。天気も快晴で暑かったが、伊豆に入ってからは海からの風も気持ちよく暑さに悩まされるほどではなかった。
 釣りは磯や防波堤での釣りを楽しんだ。潮目もよかったのか、そこそこの釣果をあげることができた。40cm級の黒鯛を3匹、メジナをかなりたくさん、カワハギ、アジなどだった。そうそうオコゼも型のいいのが釣れた。珍しいところではアイゴという魚。これはアンモニアの匂いが強烈だし、食べても美味しくないらしいので海に逃がした。民宿でお刺身やフライにしてもらい、ビールとともに美味しくいただいた。夏休み中で、地元の小学生達がはしゃぎながら釣りをしていた。伊豆の田舎の小学生はとても人なつっこく、僕らに気軽に話しかけてきた。地元の大人達が普段使っている餌の種類とか、釣りのポイントはどこがいいとか、そういったことをいろいろ教えてくれた。僕らの釣った黒鯛を見ると、すごいなと口々に言いうらやましそうにしていた。小学生達はさびきでアジやカワハギを狙っているようで小さめの型の魚をたくさん釣っていた。
 釣り以外は観光地めぐりなど全く行わず、朝3時から8時まで釣りをし、その後は民宿で寝て、夕暮れの4時から夜の7時までまた釣りをするというサイクルで遊んだ。民宿の人には無理をいって、変な時間に活動させてもらってありがたかった。
 普段の生活リズムとはまるで違ったサイクルで遊ぶと、これぞ休暇を満喫しているという感じで楽しかった。
 ブログを見ると、いろんな人がいろんな夏休みを過ごし、いろいろな体験や思い出を記事にしている。そういった記事を読むのはとても楽しい。
 ブログといえば、ブログクリップというサイトがある。自分のブログに「読んで役立つ面白最新情報」を掲載すると掲載料がもらえるサービスだ。ブログに記事を書くのが好きな人はチャレンジしてみると良いと思う。ちょっとしたお小遣いが稼げるそうだ。
 ブログクリップでは現在会員登録キャンペーンも行っている。8月18日(土)〜9月17日(月)までに新規会員登録を行なうと、抽選で「iPod nano」「iPod shuffle」がそれぞれ1人の人に当たるのだ。これを機会に申し込んでみるといいだろう。



テキトーな男からの反論

2007-07-15 Sun 04:55:08

 昔、とある会社に勤めていたときの話。
 その会社は女子社員と男子社員の割合が1:1で、同じぐらいの年齢の女子社員もたくさんいた。入社してすぐに何人かの人と男女関係なく友達になり、会社帰りにグループでファミレスやキッチンハウスで食事をしたりするようになった。
 あるとき、友達の女子社員の1人が、Aさんがあさって誕生日なのでお祝いをしようと言ってきた。給料日前でお金がないから、ハンバーガーショップでやろうよ、Aさんにはおごってあげなきゃならないから、安い店がいいねと。僕は、わかったと軽く了承した。当日になって、誕生日のことをその女子社員も他の仲間達も皆、何も言わないので、誕生祝いは流れたのかなと思い、その日はまっすぐ家に帰った。
 家に着いてしばらくすると携帯の着信音が鳴り響いた。出てみると、誕生祝を提案した女子社員だった。彼女は電話の向こうでかんかんに怒っていた。Aさんも彼女も誕生祝を楽しみにしていたのにすっぽかすんてひどいと憤慨している。僕は驚いて、2日前はそんな話をしたけど、今日は誰も何も言ってないからてっきり流れたのかと思ったと言い訳をした。彼女は、Aさんと僕と3人でお祝いをするつもりだったから他の数人の仲間には声をかけなかった、今日黙っていたのは、おごってってしつこくねだるみたいで恥ずかしいから黙っていた、それでも僕が約束をきちんと守る人だと思ったから安心していたし、楽しみにもしていたと。まさかこんなにテキトーな人とは思わなかった、がっかりだ。彼女は低い声で少し早口にそんなことを言っていた。僕としては、何人もで会っているのに、今日に限ってなんで3人なんだ、そんなの分からないよ、お金をむしり取りやすいからかよとも思ったが、そんなことを言ったら明日以降地獄になるので、ぐっとこらえて謝った。安いバーガーショップだからむしり取るというのも変だなとすぐに思ったのだ。僕は2人に待ってもらい急いでバーガーショップに向かった。もう2人ともハンバーガーは食べてしまっていた。
 僕達は店を出て、彼女らを車に乗せると一旦僕の家に帰り、車を置いて、近所の居酒屋に向かった。ご立腹のときはお酒をおごるしかないのだ。彼女らはお酒を飲むとたいがいのことは許してくれた。
 酒を飲んで酔いが回り始めると、彼女達は僕が普段どんなにテキトーに過ごしているかを楽しそうに語りだした、女2人、男1人では勝ち目はない。はいはいとうなずき、それこそテキトーに謝ってもいた。その謝り方がテキトーなんだよと2人は言ってけらけら笑っていた。
 僕はしばらくして会社を辞め、仲間たちともそれっきりになってしまったが、いまだに誕生祝いは3人で行う計画を立てたのかわからない。他の4人に声をかけさえしなかったみたいなのだ。
 テキトーな男からの反論は、女の人は何を考えて行動しているか全く分からないことが、ままあるってことかな。で、その時その時で尋ねればいいのだが、確かにテキトーな性格なので、尋ねずに流してしまう。それでまた、テキトーなやつと怒られる。まあ、こちらのテキトーさも、女の人の不可解な行動に起因してることがあるのを分かって欲しいってことです。あ、はい、偉そうに言ってすいません。
 ところでテキトーLOVERというビデオクリップを見た。女性ヴォーカリストであるEmyliさんのセクシーでぎらっとした
雰囲気や歌声がかなりかっこいい。こんな女の人に「あんたってテキトーすぎるんじゃない」と言われたら、もうそれはひたすら謝るしかない。なかなか良い曲なので、興味のある人は視聴したらいいと思う。

 テキトーLOVER
この記事はブログルポのテキトーLOVER特集の依頼により執筆しました。